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松本俊秀
住宅営業部 課長
宅地建物取引主任者
インテリアコーディネーター
住宅ローンアドバイザー
損害保険募集人



プロフェッショナルとは



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松本さんのご担当を教えてください

メインとしては、お客さんの一番近くで営業しています。 当然ながら、お客さんのお金を扱う仕事。
住宅ローンアドバイザーも、一番早く取りましたし、税金関係のことも入っています。
住宅ローンは、みなさん組まれますし、どちらかというと、もっと入っていって、お手持ちを、今回の計画に持っていったらいいのかとか、相続のこととか、将来のお金の使い方を含めて、お話できたらいいなと、思って勉強しています。
ライフプランに、近いんだと思います。 まだ知識が足りないので、 ファイナンシャルプランナーのようなことまでは、できずとも、もっと現実に近いことで
「お父さんからこれでけお金がでてくるけれど、どうやって使ったら、いいのでしょうか」
とか。



得意なお仕事はなんでしょうか

聞く方が好きなんです。 自分がしゃべるよりも。 できるだけ引き出す方なんで、話をしてくれる方が、楽しくなるんで。 どっちが好きっていうと、お客さんの話を聞くのがすきですね。 お客さんの想いを聞くのが。
「こんな風にしたいの」
「あぁじゃぁこうしましょう」
自分がやっていることは、それだけなんだと思います。 本音が出始める、ここからが本音で、それまでは上辺の話だという、その境目、正直まだ良く解っていません。 顔が、ふわ〜とほころんで、話をしてくるんですね。 できるだけそれは、 早いほどいいなぁと思って。 お客さんの話しやすい空気を作ろうとしています。 ですから、お客さんのお話は、全て真剣に聞くし、自分の中では、全部同じ熱さで聞いています。

自分がストレスに弱い方なので。 実は自分は、人が苦手なんです。 ちょっとでも自分がストレスを感じてしまうと、顔にでちゃうんです。 顔が緊張してくるんです。 目がピクピクしてくるんです。
すごく昔からなんですが、人の顔色を見てここまできたという感じで、弱点なんです。 だから、 自分がストレス感じるくらいなので、 お客さんは、もっとストレスを感じるんだろうと。
いい家を夢見て、相談に来ました。 自分が矢表に出てきました。 自分が気に入らん人間だったら、お客さんずっとストレスの連続なんで。

極端なこというと、お客さんの傍らで、自分が居やすいということは、お客さんも居やすいと考えて。 自分の緊張が、ほぐれて行くにしたがって、お客さんの緊張が、ほぐれているんだなぁと。 顔がピクピクとなったら、相手もそうなんだろうと。

苦手なんです、人が。 実は接客業が一番怖くて、よっぽど作業している方が。誰ともしゃべらず。 黙々と作業している方が好きです。
昔は図面描いたり、パースの練習をしたり、よっぽどその方が楽しい。 何時間でもやってられる。
お客さんと話をすると、しんどい。 初対面の人と話をしたくない。 実際は、こんだけ長い時間いるんだから、慣れたでしょうとか、仲良くなったでしょう、と言われますが、自分にはピンとこない。
ただ居るのは苦にならない。 お客さんといっしょにいるというのは、そういうことかな。

福山住宅株式会社・松本俊秀



ずっと営業担当なのでしょうか

お客さんとの接点は、入社してからずっとです。 22年になるんですが、営業で入社しました。
自分が入った年は、バブル崩壊の年で、96年。 会社からは、 売るなといわれた。 売ったら損になった。 元々これだけの資産があったものが、一夜にしてこんだけになっちゃった。 バブルが崩壊して、値が崩れちゃったときなので、入社1年目は何もしていない。
1年目は何をやったかというと、草引きです。 大学出て、マナーの勉強をして、次は現場整備だということで、宅地の草引きをしました。
そのうち草刈機が導入されて、草刈機がじょうずに扱えるようになりました。 一年目のペーぺですから。 草引きでした。 右も左も解らなかったので、別に疑いもしなかったですけれど。
先輩について
「この宅地は、売り物なので、整備しよう」
ということでしたから。 来る日も来る日も、草引きでした。
後は、 お客さんがきたときの、車の誘導ですね。 現場待機ということで、暑いカンカン照りの中、外でずっと立っているわけです。
新人だから。 下積みだから。 今思うと、何とかサボろうと思っていました。 入社した当時、就職は、売り手市場でしたから、社会自体を舐めてました。 学生上がりで、当然ながら、 きつのは嫌やなぁって、思うことばっかりでした。



そうだったんですね

最初、生活のためだったんですけれど、自分のできることは、そんなにたくさんあるわけではないんので。 お客さんの話をすることぐらい、って思い始めて。

いわゆる飛び込みの時代が、永かったんです。
10年程は、飛び込みをやっていました。 初回訪問と言っていますが、いわゆる飛び込みです。 20台後半から30代後半まで。
その10年やっている間というのは、一番最初の2年ぐらいは、ほんとうに脈略もない、ただ「古い家があるから飛び込みましょう」 ということで。
それがスタートで、当然ながら、もう仕事が嫌になりました。
で、人間も嫌いになりました。

怖くて、インターフォンを押せないんです。
それに比べたら、今は、毎日甘い飴をもらっているようなもんです。
その2〜3年は、泣かず飛ばずで、要は、仕事してなかったんです。
1軒も飛び込んでなかったんです。
怖くて。 もう普通に街を歩いて、1軒ずつ飛び込んでいく。 でも、お客さんの家の前にいくと、足が震えるんですよ。 体が硬直するんです。



大変な経験をされていましたね

で、何していたかって、車の中で寝てたんです。
それじゃあ、成績なんて絶対上がる訳ないですよね。 まぁこんなことやっていても、成果上がらない。 正直考えた時期ですね。 自分に向いていない。

で、震災があったんです。
これまた、最初は飛び込みなんです。
仮設住宅行ったんです。 今でも福島にありますよね。 あれが神戸にも何万戸ってあったんです。
冗談抜きに、何万戸全部訪問しました。 ある仮設住宅は、全部インターフォン押してます。

なんでインターフォンを押せたかと言うと、 話が聞けたんですよ。 それまでは、 話が聞けなかったんです。 その2年間では、 お客さんが口を開いてくれなかった。 「おまえ帰れ」だったんです。

震災がありました。
仮設住宅に行きました。
最初はたしかに、なんで震災で被災してるところに、家売りに行くんや。 みんな大変な状態なのに。 無理やって思うんです。 でも上司にみんな連れて行かれるんです。 それ行けって。 今度は上司の監視の元にやるんです。 出口で待ってるんです。 だから押していかないといけないんです。

ただちょっと変ったのは、 やっぱ震災の話をするんです。 誰でもいいから。
こんなことがあった。
子供がなくなった。
奥さんが亡くなった。
話を聞いているうちに、少しずつですけれど、成果がでてきて。 それでも成績が上がったのは、一番最後でした。
震災の後、 震災景気で、 復興の家がいっぱい建って。 今後の20年の需要を、食い尽くしたと言われてますけど。 それでも、 最後まで、よう飛び込まんかったんです。
商売にならなくても。 話をしてくれるところが増えていって。 最後の方は、まあまあそれでも、 お家をお手伝いすることができるようになって。 お客さんの話を聞くことを覚えたんだと思う。

福山住宅株式会社・松本俊秀



お客さんの話を聞くことなのですね

自分の中ではこうなんです。 営業だがらこう。 いっぱい喋らないといけない。 饒舌に口八丁手八丁で、 売ってこないといけない。 というようなことを考えていたら、続いてないし、成果も上がってない。
その10年があったから、今があるのかなぁ。 あるのだろうかなぁと。
思い出すのは、 被災されているけど、 仮設に上げてもらって、 ご飯出してもらったり、 震災の前の話を聞いたり、 まぁそういうことでしょうね。

ちょうどそのころ結婚をしました。
たまたま妻の旧姓と同じ方のところに伺って、 その人にお仕事いただいたんですが、 「私も家建てんでおいとこうっと思ってたけど、建てるわぁ」 って言っていただけて。

それはもう震災からだいぶ経ってからですが。 3〜4年経ってからです。 その奥さんが、大好きで。 イカナゴをいただいたんです。 なにも上げるもんがなんだけど、結婚したらいいよって。 勇気をいただいた。 27歳の時だったんですが。 神戸の須磨なんですが。 山手の方だったので。 被災までもしてなかったんですけれど。 一旦別れていて、震災があって。 心配で電話して付き合い戻して。 結婚の報告をしました。 その人に。



いいお話ですね

仕事だけじゃなくって、 話が聞けたら、 ぐ〜っと中に入って行ける。 じゃあその方の所に、 ずうっと行っているかというと、なかなかねぇ。 今はどうされてますかね〜。 旦那さんが亡くなられて。 お母さんがいらっしゃって。 もう7〜8年逢ってないですね。

自分、今まで建ててお世話してきた家の、 こんな家建てたんですよと。 外観があって。 内観があって。 見せれたらいいんでしょうけど。
お客さんが笑った顔がこう載ってる。 物を売ろうとしたときは、 だいぶ苦労したんです。 営業が持つべきは、 ツールも空気としてのツールじゃなといけなくって。
設計士が持つiPadは、物がいっぱい入っていたらいいと思うんですけど。 当然ながら自分が思い描くデザインだったり。 それはもう、当たり前。 車を売るときに車であるように。

営業のツールは、 空気が伝わるような。 熱さが伝わるような。 笑顔だったり。 商談の中で、 文章を読んでいただくことは難しいので。
お引渡しをしたお客さまですという、 笑顔の写真と、 外観と内観とかがこう。 5分ぐらいの時間だったとして、 「私の担当したお客さんなんです」 と紹介できれば、 営業の仕事はそれで終わりになる。



テーマは笑顔でいきましょう

ホームページには、明るい感じの笑顔があふれるような雰囲気が出ていたらいいなぁ。 私の宝物といって、笑顔の家族の写真が出てて。 そこにコメントが載っていて。 そんなのが、 ざ〜っと並んでいるような。 とうぜんそんなようなものでいいのかなと。 ありがとう、って書いてあるだけとか。
整理すれば使える、 住宅ローンのシュミレーションですとか。 税金の表であるとか。 支払い例であるとか。 だと思うんです。 物売りじゃないので。

あんまり見えない方が好きなんです。 ぱっと見て。 お客さんは、それを求めるんですよね。 インターネットとホームページですよね。 ぱっと見て全部解るというのは、 自分は好きじゃないというか。
無を有にするというか。
「何にもないところから、素敵な家ができました」
という方が、好きというか。 それ以外できない。 お客さんが求めているホームページと、 ギャップがあるんだろうなと思いながら。

福山住宅株式会社・松本俊秀



今後どのようなお仕事をしたいですか

後進を育成したい。 後輩がかわいいので。 やっていただいたことは、 下にもしてあげたいですね。 若い人は、 悩んでいるだろうし。 解らないんですけどね、何考えているか。 やってあげたいな。
ちょっとでも。 自分は今ある程度、 お客さんとコミュニケーションとれるし。 お客さんから信頼もいただけるし。 成績もまずまずなので。 会社も大きくしたいし。



10年後の夢を教えてください

会社が大きくなっていることがありますね。 骨をうずめる覚悟ですし。 どうせなら。いい会社にしたい。 いい会社になったら、自然とご理解いただけて、景気に左右されない会社になれたらいいなぁ。
問題点も解るようになってきてるので。 ハードルはいっぱいあるし、壁はいっぱいあるのですが、乗り越えていこうかなと。
若い子もだんだん入ってきているので、会社も若返っていかないといけないでしょうし。

お客さんにも、会社が存続していくことが、恩返しでしょうし。 ちゃんとした会社に、役にたったらなと思います。




松本さんにとってプロフェッショナルとは

期待されることと。
期待に応えることかなと、思いますね。

テレビ観ててもそうですし。 スポーツも好きなんで、観るんですけれど。
期待される選手がいて、期待に応える選手が、やっぱりプロだなと。 期待もされないけど、成績が上がってるみたいなのは、プロじゃない。
あいつやったら、必ずやってくれるやろ。 思ってもらえることではないでしょうか。
また、自分もそうでるべきだと思っています。
期待を裏切らないように!

福山住宅株式会社・松本俊秀



大変なご苦労があったお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

寒かった〜
暑かった〜
という温度を思い出しました。

神戸の震災後、6年〜7年廻ってましたね。 最後まで自分は神戸にいたんですよ。 自分が最後だったんです。

自分は神戸がなかったら。 今この仕事をやっていなかったと思います。
たぶん田舎に帰ってるんじゃないですかね。 打ちひしがれて。 田舎でスーパーとかで、 レジ売っているんじゃないかと。
そのぐらい、その2年は、辛かったですね。 のほほんと生きてきた時代の人間ですよ。 昭和44年生まれといったらね。 なんにも苦労が無くって。 苦労を全部取り払ってくださった。 先達がね。 生きやすいようになった時代。 まったく挫折が無かったし。 のらりくらりやってたら大学まで出れて。 入ってからがきつかったですね。
絶対帰ってる。
帰るのもひとつやったかな。

このことは、誰にも言ったことはないです。
22年も仕事していて、辛くないなんてこと、ないですよ。
それなりに、 過去はいやなもんじゃないですし。 今思えば。
今の社長に、 重用していただいて。 胃に穴が開くくらい、やり込められたことも。 今となったら、自分の筋肉になっていると思います。 「もう一回行って来い!」 って言われて、夜11時とかに、 断られたお客さんのところに行ってくる。 みたいなことを、考えとしては残るんです。
夜11時に玄関突破して
「あんた何しに来たの」
って中に入れたら、 逆転できるかもしれない。 本人嫌ですけどね。 死にそうになりました。 なんだこれはと。

対ひとだから、 嫌なこともいっぱいありました。 人が一番怖いです。 できることならば、 隅っこの方で、 黙々と漫画でも読んで過ごしたいです。 人嫌いですからね。 なかなかこう、 好きな人間と、 嫌いな人間が、 ぱしっと分かれます。 その時は、少人数でいいんです。 極端なこと言ったら、嫁さんだけおったらいい。 壊れたんです。 壊れながら来ているんです。

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